「情け」のことわざ、俗信あれこれ
顧問 倉田嚴圓(弁護士 倉田弁護士事務所代表)
「情けは人の為ならず」は、情けを人にかけておけばその善き報いはめぐりめぐって自分を益するという身も蓋もない「打算」に過ぎないから、「情けを掛ける者には油断するな」となる。「情けかけるより燗鍋かけよ」「情けは質(しち)に置かれず」は、いずれも、情けはお燗をする鍋にも劣る、情けでは質草にもならないということで、いずれも気持ちだけでは何の足しにもならないということで、一昔前の「同情するなら金をくれ」である。「情けに刃向かう刃(やいば)なし」は、情けをかけられては誰も刃向かうことはできないということであるが、時には「情けを仇(あだ)で返す」こともあれば、「情けも過ぎれば仇となる」こともあるから注意が肝要である。「情けは上より、敬いは下より」は、上に立つ者が慈愛をもって臨めば下の者も自然と上の者を敬愛するということであるが、「情けは上下によるべからず」ということもある。
なかなか「情け」を掛けるのも掛けられるのも難しい。それは「利己心」に発する感情であるから当然のことである。慈悲仁恵の信としての「人情」なるものは昔から稀有ではなかったか。
贅語 一苦学生の求道心
四十数年前の三重県立図書館。彼は朝八時には閲覧室の角を陣取り読書に夢中であった。背はピンと伸び一心不乱に打ち込む姿は古武士の如き風貌であった。そのころ読み続けていた書籍は我妻栄の「民法案内」であったと思う。昼から寺から持参した土方弁当梅干し2個入りの半分。残りは夕食に。門が閉まると三重大で。更に帰宅して深夜二時まで勉学。こうして見事司法試験を全国数番で合格された。彼こそ誇りとする朋友「倉田嚴圓氏」である。(密傅)
塔世歌壇 会員 小林 伸一(津市)
餌を求め忙(せわ)しきさまの蟻の群れ
秋深みゆく風の立つ朝
欲惜春
38号です。機知に富んだ倉田顧問の「情け」ありがとうございました。(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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