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薬師如来奉賛会会報[如愚如魯]

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如愚如魯 薬師如来奉賛会会報 No.29 平成19年1月

謹賀新年
会員の皆さんのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
  会長 谷  康 弘
  顧問 倉島 昌行
     事務局一同


般若心経とともに
  顧問 宮原 九一(みやはら くいち)
(勲二等瑞宝章受賞、元全漁連会長、三重漁連名誉会長、三重県公安委員長等
 を歴任、津市在住)
 昔から「門前の小僧、習わぬ経を読む」とあります。
 私は還暦を迎えた際、心中志を立て毎日一回声を出して心経を読もう。覚える為の特別な努力はしないことを前提に時間を決めずに始めました。約半年程して、上京中の新幹線の座席で、教本を見ないまま口中で諳んじていたところ、何と、すらすらと出てきたのには我ながら驚いた次第です。以来、現在まで、日課として一日何回となく例えば乗り物の待ち合わせ、入浴、運動時間等をそれに宛てています。一分間から三分位まで、スピードを決め、タイムウォッチ代用としながら、新しい問題に取り掛かるとき等を含めて心静かに経文を唱えております。何分にも難解な経典ですので、高名な先生の解説書もいろいろ読み「読書百遍意自ら通ず」と自分流の解釈を加えて、人生の晩年における生活の一部となっております。
 私は四十歳代後半から、古寺の仏像を古美術の対象として参観し始めましたが、今では佛の心に入って行くと云うような気持ちで、京都、奈良を中心に休日を利用して参拝を繰り返してきました。然し、まさに「灯台下暗し」の例で、当寺のお薬師様には大変失礼申し上げてきました。奉賛会の会員として誠に申し訳ない次第でしたが、米寿を過ぎた今、改めて信仰の度合いを強めたいと念じております。

美濃のおでん  顧問 金子 真介 (長崎県大村市 禅心寺住職)
 大野の宝慶寺を出発して三日目、九頭竜ダムを過ぎて美濃白鳥に向かう坂道の左右は早くも紅葉の盛りを迎えていた。
 手っ甲脚絆に草鞋がけで網代笠を被り、胴の前後に身上ありったけの荷物を結びつけて歩くわが身がカーブミラーに映る度に、「蝸牛どこで死んでも家の中」と云う言葉が浮かんでいた。
 後ろから私を追い越してきたダンプカーが直ぐ隣で止まった。四十がらみの運転手が助手席に身を乗り出して、路肩を歩く私に声を掛けた。「オーイ、乗って行けよ。どこまで行くんだ?」。「有り難う御座います・・・白鳥までです。大丈夫です歩きますから・・・本当に大丈夫です・・・」。本当は新潟県の国上山までの行脚なのだが、できるだけ車にのらないと決めた手前、このように答える癖が付いていた。
 「白鳥までと言やあ、この峠の上の油坂トンネルまでまだ一里以上、トンネルを越えりゃあ下りにはなるが、それでもかなりな距離、歩いていたんじゃあ、夕方までかかるぞ、乗ってけよ・・・」とドアを開ける。「有り難う御座います」あわてて網代笠をとって、頭を下げた。「そうか・・・おっ様の修行か・・・じゃあ気をつけてな。油坂トンネルを出ると右に茶屋があるから、そこで休めばいいよ・・・」と言い措いて轟音と共にダンプカーは走り去った。
 やがて道は爪先上がりになり、背中の荷物がやたら重く感じ始めた頃、ぽつぽつと雨が振りだした。親切を素直に請ければ良かったと後悔し始めた頃には、本降りになって来た。
 やがてトンネルの入り口が見えてきた頃には全身ずぶぬれで、濡れて重くなった草鞋の一歩を進めるのが精一杯の状態であった。
 古く湿ったトンネルを抜けた右側に、年寄りが立っていた。「ぼんさん、ぼんさん、こっちこっち」と私を招く。そこには件の運転手が言ったとおりの茶屋があり、どうやら年寄りはそこの亭主らしい。「兎も角そこへ掛けてください。実は二時間以上も前にダンプカーの運転手が寄ってくれて、休憩をした後、頼まれごとをしたんだよ」「親父さん、後二時間位したら、若い坊主が濡れ鼠になってやってくるから、ここでおでんを食わせてやってくれよ。車に乗れと云うけど意地張って乗りゃしねえ。あの坂道とこの雨で腹も減っていようし、身体も冷えていようよ。頼むよ・・・」そう言って金を置いていったから、二時間あまりトンネルの出口に気を配っていたと云うのである。
 ぽかぽかと湯気の立ち上がる山ほどのおでんが私の前に供された。続いてコップになみなみと注がれた酒を出しながら、「おでんは運転手の分、コップは俺から・・・」と云った。
 あれから三十年。今もあのおでんとコップ酒の味わいは私の体内を駆け巡っている。
 何事も思惑や見返りという紐が付いている現代社会で無所得・無我の実践をして遽しく走り去ったダンプカーの轟音と共に。

人の年齢は何かしら
 顧問 長田 暁一 (おさだ ぎょういつ 岡山県笠岡市 威徳寺住職)
 新年ですので、まずは「よろこび」のことばから考えて見ましょう。ひと口によろこびといいましても、辞書にはなんと八十四も漢字があるそうです。
 身近な「喜」という字は、食物を高坏(たかつき)に盛っている字ですので、お餅のお鏡を飾ってお正月を祝うのにふさわしい字といえましょう。
 「賀」という字は、お金や物などを贈ってよろこぶというのですから、ケチな人には気になることばです。
 「予」の字は、人にものを与えることからくるよろこびを表す字で、裏返せばよろこんでこだわりを捨てるという布施の行にも通じる文字です。
 ところで、フランク永井さんの歌ですが、
「木の年輪は丸いウズ 貝の年輪も丸いウズ 人の年輪は何かしら お爺さんの手のひら 苦しかった思い出も 楽しかった思い出も 手のひらの深いしわ」
 和尚、この歌詞が好きです。
 小さな赤ちゃんでも、乳が出ないといってお母さんの胸をたたきますよね。おはしを持つ手、エンピツ持つ手と、手はだんだん成長していきます。そしてやがては働く、たくましい手になるんですが、油断をすると、悪いことをするのも、この手なんですから、今年は良いことだけに、この手を使おうと誓うのもお正月なんです。良いことをしましょうというお誓いから、仏さまに手を合わせて拝む合掌のよろこびは、見えないよろこびの文字を心に書く尊いことなんです。
 お正月は修正の月ともいいます。
 年輪を増やすから芽出度いのではなく、去年できなかった清らかな生活を反省し、心を改めて、今年こそ立派に生きましょうと、修正の誓いをするからおめでたいのです。

贅語
 本会顧問の宮原九一氏が発願され「豊かな海づくり大会」が二十数年前から、国民的行事として各県輪番で実施されるようになりました。その記念写真に、お元気なお姿の両陛下と後列で暖かく見守る宮原氏の眼差しがほのぼのと伝わって参ります。
 氏は、「両陛下御自ら、毎年趣を変えて行われるこの大会を殊の外お喜び下され、創始者の立場で、お傍でご奉仕できる幸せを生涯の感激。」と楽しみにしておられるようです。
 新年にあたり、御開山道元禅師の御示しの如く、初発心を百、千、万発せんと背筋を伸ばして見ましょう。(密傳)


欲惜春
 新年明けましておめでとうございます。お正月に合わせて、宮原顧問、金子顧問の心温まるお話をお届け致します。また、長田顧問の一文は氏が昨年発行された「ちょっといい話を」(全五巻)から引用させて頂きました。お三方に厚くお礼申上げます。
 第一号をお届けしてから三回目のお正月を迎えました。この間手探りの状態で発行を続けて参りましたが、この機会に会員の皆さまの、ご意見、ご提案をお伺いしたいと思います。なんなりとお申し付け下さい。お待ちしております。
(河)



▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…

潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)

人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。

真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?

ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。

「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと

 
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