堀江鍬次郎伝 会員 上田 正一
(一級写真技能士、ウエダ・フォト・スタジオ代表取締役、津市在住)
四天王寺の墓苑高台に鍬次郎のお墓がある。彼は第十一代藤堂藩主高猷(たかゆき)の命を受け長崎の医学伝習所へ入門する。そこで蘭軍医ポンペに医学を始め西洋諸化学の伝習を受ける。勉強中に初めて「写真」なる西洋の新技術を蘭書で知る。ポンペは言葉としての写真を知る程度で同門の上野彦馬らと師弟共同で湿板写真の研究に取り組む。カメラ、薬品は蘭書を基に自作を余儀なくされ、苦労を重ねたが、安政六年頃には一応の成功をみたようである。折りしも鍬次郎は藩主高猷の許しを得て百五十両もの大金でダルメアーB3類レンズ付最新湿板カメラ一式をオランダ商人より購入。万延元年これを携え江戸神田・藤堂藩中屋敷にて藩侯や旗本ら数多く撮影する。文久元年九月藩主高猷は津に帰藩するが、彦馬、鍬次郎も同伴した。それは藩校有造舘での舎密学の講義の依頼に応じたためである。講義のため舎密学の訳出も企て、文久二年一月「舎密必携」全三巻を出版した。この書は幕末の化学書として非常に誉れ高いものである。
贅語 藩主藤堂高猷の夢
当山でも六月一日(写真の日)に関係者と堀江公粛扇の追善供養を続けている。藩主高猷公は幕末、財政の厳しき折、父高兌創設の有造舘を継ぐ。その学問的程度は日本でも三本の指に入る程優秀だったそうである。小さな島国日本を世界の列強に育てたのである。後世の為と人づくりに力を注いだ公の志を忘れてはならない。(密傳)
塔世歌壇 会員 小林 伸一(津市)
憶良なる「貧窮問答歌」欺くあらむ
雪交じりの風屋根鳴らし吹く
欲惜春
早くも師走です。11月25日恒例の秋の例会が行われました。柳瀬先生の含蓄るお話有り難うございました。それにも増して元坂酒造さんの銘酒と新そばには心打たれました。お陰さまで宴席もこれまでにない盛り上がりを見ました。元坂さんに感謝感謝です。(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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