いのちの微笑み
〜丹田呼吸の体験報告〜
顧問 板橋 興宗(前 曹洞宗管長 現福井県 御誕生寺住職)
講演会に招かれることがあります。その時お話をする前に、聴衆のみなさんに丹田呼吸を実修してもらうことがあります。
「丹田とは生命力の宿るところという意味です。お臍の下あたりで呼吸することを丹田呼吸と言います。みなさん、腰を立て背すじをピンと伸ばしてください。体から力を抜いてリラックスして下さい。それでは実修してみます。からだ全体の毛穴から息を吸って、吐いて、吐いて、吐ききって・・・。次に足の裏から息を吸い上げて見ましょう。ハイ、足の裏にこころを置いて、そこから吸って、吸って、頭まで吸い上げて・・・、吐いて・・・、肛門の筋肉が引き締まるまで吐き切って・・・」
このような呼吸を十回ほど繰り返しますと、広い会場が水を打ったように静まりかえります。呼吸というものの不思議な力に驚きます。
禅の道場では、早暁の坐禅が終わってから、一時間ほど「読経」をすることが日課になっております。仏教の経典の内容を読み取るという意識ではなく、声を出して、ただ音読するのです。私はこの「読経」を丹田呼吸の実修だと思い、全身を上げて努力しております。大きく息を吸い込んで「カンジーザイボーサーハンニャハラミタシンギョウ・・・」と腹の底から声を絞り出すように音読します。
どんな意味の経文か、何のための読経か全く問題にしません。「般若心経」という経典を「身読」しているつもりです。「一切皆空」とか「色即是空」とかの経文をからだ全体で行じていると、確信して、音読しております。
また、私たち禅門のものは坐禅をします。坐禅はピシッと腰を立て、背筋を伸ばして坐ります。坐り方の作法やきまりは昔から定められております。しかし椅子にかけて坐りたい人のために、私は坐禅椅子というものを考案しております。坐禅の最も大切なことは、姿勢を正し、からだ全体から力を抜いて、ゆったりとした気分で坐っていることです。すると下腹部で自然な息づかいを繰り返し、静かな丹田呼吸になります。自分が息しているという意識もなく、からだ全体がリズミカルに息づいています。鼻で息しているという意識もなく、からだ全体が宇宙の鼓動とひとつになっている感じです。そうすると、自称「ハッピーホルモン」が全体に充満してくる感じになり、からだの奥底から「微笑み」が湧いてきます。私はこれを「いのちの微笑み」と言いたいのです。これが人間の「しあわせ」の根源だと思っています。
「笑う」の語源は「咲く」と同じだそうです。草木に生気があふれ蕾がふくらみ、生命の息吹が表に出るように花が開き始めます。この微妙な機微が「笑」本来の意味なのでしょう。なにかおもしろい、おかしい縁があって笑うのはチョッとおもむきが違うように思います。内から自然に「いのち」が息吹いてくるのが「微笑み」の本質ではないでしょうか。人間のしみじみとした「しあわせ」感も、この「微笑み」に通ずるものがあります。
生きるものは、生きるために「食べる」ことと、「息する」ことを欠かすことはできません。食生活については、誰もが絶大な関心をもっております。しかし「息する」ことは努力なしに無料で、しかも無意識のうちに充足しているので、ほとんどの人は関心を持っておりません。「食べる」ことは肉体的な健康を保つために重要です。「息する」ことは、生命の維持とともに、精神の安定に深い関係があります。たとえば、丹田呼吸のような呼吸を続けることによって、精神の安定と充足を覚えるのは確かな事実です。この事実を医学者や科学者が、生理現象、あるいは心理作用として具体的に解明してくれるものと期待しております。
しかも呼吸と精神安定の問題は、人間の根本的な「しあわせ」感の究明にもなります。それが文明の進歩と言うことに重要な指針を示すことになると信じております。
善は連鎖する 顧問 長田 暁一(岡山県 威徳寺住職)
皆さんは、エルトゥールル号事件(1890)というのをご存知でしょうか。
トルコの軍艦が日本から帰国途中、和歌山県串本町沖で暴風雨に巻き込まれて座礁し、587名が死亡し、生存者はわずか69名という大惨事でした。今のように組織的な救助が迅速に出来る時代ではないので、地元の人たちが総出で助けに行きました。亡くなった人々は、丁重に葬りました。そして、生存者は明治天皇の命により、軍艦二隻で遠い遠い国トルコへ送りました。
この惨事に同情した山田寅次郎さんは、遭難者支援のために全国を歩き回り、義捐金を集めてトルコへ持って行きました。トルコは国を挙げて感激し、なんと、皇帝自らが寅次郎さんと会ってお礼を述べられました。そしてトルコ国民の要請で、寅次郎さんは日本語教師として彼の地にとどまりました。
教え子の中には、その後初代トルコ大統領となったケマル・アタチュル氏もいたのです。
おりしも帝国主義真っ盛りの時代です。「他国の不幸は自国の幸福」と言わんばかりのころ、
日本の誠実、そして純な行動がトルコ人を感動させたのです。
この事件から百年ほど下って1985年にイラン・イラク戦争が勃発しました。サダム・フセイン大統領は
「今から48時間後にイランの上空を飛ぶ飛行機は、それを打ち落とす!」
当時仕事の関係上、現地には大勢の日本人がいました。みんな空港から脱出しようとしましたが、各国の航空会社は自国民を優先し、日本人ははじき出されてしまいました。救援機を飛ばす国もたくさんありましたが、日本は安全が確保されないので救援機を飛ばすことが出来ませんでした。全く、現地に居る日本人はピンチです。
その時、なんと、トルコ政府の救援機がやってきてくれて、日本人を乗せて脱出してくれたのでした。タイムリミット一時間一五分前でした。
当初、日本はなぜトルコ政府が救援してくれたか理由がわかりませんでした。
エルトゥールル号遭難は、トルコの歴史教科書にも掲載され、
私も幼いころ学校で学んだ。
子供でさえ知らない者はいないほど歴史上重要な出来事だ。
これは時の駐日トルコ大使、ネジャッテさんが述べた言葉です。
百年前のエルトゥールル号事件の恩を忘れずに恩返しして下さったのです。
更に続きます。
1999年、トルコ大地震がありました。助けられた沢山の日本企業の人々は、恩を忘れてはいけないと、義捐金を集めてトルコに寄付をして喜ばれました。
日本人にとって誇らしい出来事を、日本人は知っておくべきだと思います。これも歴史に学ぶと言うことです。
欲惜春
(株)朝倉書店から、東邦大学の有田秀穂教授の編集による「呼吸の事典」が発行されています。「いのちの微笑み」はその本の序文です。本会顧問の板橋住職から頂戴いたしました。また岡山県威徳寺の長田住職から毎月B5版4ページの「禅の友」という冊子が送られてきます。既に320号を超えるロングセラーです。3月号にこのエルトゥールル号の一文が載っておりました。
お二人のお話にいたく感激された倉島住職の思いを、板橋住職・長田住職にご了解頂き、「臨時増刊号」として「如愚如魯」に載せさせて頂きました。なお紙面の都合で内容を一部変更させていただいたこと、ご容赦賜りたいと思います。
(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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