三重県津市 聖徳太子ゆかりのお寺
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薬師如来奉賛会会報[如愚如魯]

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如愚如魯 薬師如来奉賛会会報 No.22 平成18年7月


「正法眼蔵」解説
6 不生不滅(ふしょうふめつ)
  
  顧問 余語 道廣(亀山市関町 瑞光寺 住職)
 『現成公案』に「生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり。このゆゑに不滅といふ。・・・」とあります。換言すれば「不生」とは「絶対の生」であり「不滅」とは「絶対の滅」ということです。更に換言すれば「仏の生」であり「仏の滅」となります。我々は「生という生命」を生き、「死という生命」を生きるということになります。決して生の否定として死を受け取ってはいません。「仏の生命」の展開として生死を全的に受領する在り方こそ宗教的風光なのであります。「不」という漢字は『般若心経』等のあらゆる大乗経典に無数に使用されています。この「不」を「仏の生命」と解釈すれば、どのような仏世界が展開されているか各自で試みてください。
 道元禅師の遺偈(ゆいげ・最期の境涯を漢詩で表現したもの)の結句において
「活きながら黄泉に陥(お)つ」とあります。私なりに現代語訳すれば、「死という生命をいざ生きん」ということになります。

贅語    密傳    顧問 倉島 昌行(四天王寺 住職)
 唐代、三蔵法師達はサンスクリットの仏教言語を命がけで漢訳され、その教えが今日の日本まで伝わっています。また、近代に於いては例えば鈴木大拙博士達が諸外国語に翻訳し、今や全世界に仏教が伝わっている時代です。大拙博士はそのセンスで種々と翻訳されます。例えば「空」はempty,nothing,晩年にはkuとそのまま使われます。明治時代の文豪たちの造語にもその志が感じとられます。

欲惜春
 二十二号です。
 お忙しい中ご寄稿下さいました余語住職に厚くお礼申し上げます。
 サッカーのW杯に寝不足気味の今年の夏ですが、体調管理にご留意・ご自愛くださいますよう。近々お盆の臨時増刊号をお届けする予定です。ご期待下さい。(河)



▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…

潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)

人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。

真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?

ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。

「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと

 
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