いしやに惚れたいしや
〜モニュメント製作・運搬物語〜
顧問 野口 孝(三重大学医学部教授=執筆時、現紀南病院院長)
21世紀となった平成13年3月8日、念願の三重大学医学部看護学科棟が、50年余にして始めて竣工されました。今世紀は「心の時代」・「看護の時代」と称されてもおり、看護を象徴するモニュメント設置が強く望まれましたが、材料費にも及ばない僅かの費用で引き受けてくれる芸術家(いしや)さんは皆無だろうと誰もが思っていました。しかし、校舎建設の責任者であった私は、竣工期間が近づいて素晴らしい校舎を目の当たりにするにつけ、モニュメント設置への思いは益々高ぶり、「ダメ元でお願いしよう」を決断しました。そのいしやさんは、県内外で多くのモニュメントを製作され、医学部と目と鼻の先、三重大教育学部美術科田畑進教授でした。「初めて会ったその日から恋の花咲くこともある・・・」という雰囲気を予感させる酒臭い研究室にお願いに伺うや、即断「ヨッシャー」と快諾。その晩から「私(わて)はいしやはんが好きになりました♪」
3月初旬の殊のほか寒い日が続いた竣工式前日未明に多気町のアトリエで作品が完成。大学への運搬が始まりました。2.5mもある重たくて立派な作品がポンコツトラックと医学的には重体のクレーンと共に看護学科棟前まで到着したのは夕方でした。続いてテコや板など古くからの道具を操りモニュメントをロビーまで移動。設置場所とロビー全体との位置関係などから時間をかけて5mmのズレも微調整する感性の極み。しかもこれらの作業を先生の愛弟子の方やご子息の修君(当時三重大学生、現在大学院生)、美術科専攻の学生さん達と家内工業的に必至に陣頭指揮を執られているのです。(私には東京芸大卒のエリート芸術家はこんなことまでしないと言う固定観念がありました。)
勿論、依頼者である私達の費用が限界でなければ余分なご苦労をお掛けしないで済んだのでしょうが、それでもこのいしやさんは心から必至に作業をされたと今でも信じて疑いません。私は医療界以外の世界で情熱的に見も心も振舞う人を目の当たりにしたのは実に久しぶりで極めて新鮮な感動をし、忘れられない出会いとなりました。それ以来「俺はいしや、お前はいしや」と先生の名文句をお聞きしながら、ご指導と御酒導を頂いており感謝しております。
モニュメント「看のかたち」
看護の看は手と目で構成され、病める人に合掌し、基部に黒御影の目を配置。
欲惜春
会報第21号です。ご寄稿下さいました野口教授に厚くお礼申し上げます。
『田畑教授より「俺の代わりに執筆を頼む」と拝命され日頃の恩返しにとペンを執りました。』と野口教授から添え書きを頂きました。「贅語」と「塔世歌壇」はお休みします。(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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