潜行密用 顧問 村上 俊孝(愛知県 廣済禅寺 住職)
中国の洞山良介禅師の言葉に「潜行密用は愚の如く魯の如し」とある。大意は利益のみでなく、目立たないことにベストを尽くせである。私どもはその行動が如何に難しいかがよく判っている。他人の幸福のために汗を流せとは言うが、汗が流れるほど、他人に言いたくなるものである。
何故、善行を他人に吹聴したくなるのか。これは大人、小人を問わずの傾向があるように思われる。善行に対しては人々が拍手を送り名声が集まるが落とし穴がある。それは名声を手に入れるために善行をなすようになるのである。拙僧は多年、ある国際ボランティア組織の一員に属しているが、多額の金品を寄付する行為が、優れているのかの如く言われることは非常に腹立たしい。
善行、善意と言うものは、他人に虚勢を張ることでも、恩賞を期待することでもない。行為の真価は、禅語を用いれば「看却下」。自ら下足を揃えるようなことを指すのではないかと思う。禅僧には、今時の如き心の不安な時流には、特にこの心根が大事ではなかろうか。
塔世歌壇 会員 小林 伸一(津市)
百日紅の
下枝(しずえ)出たる黒揚羽
伽羅を超えて
天空に消ゆ
贅語 顧問 武内 宏道(三重県 凉泉禅寺 住職)
「食物衣料のこと 過ぎたるはよからず、足らざるはわるし」
今年生誕三百六十年を迎える松雄芭蕉が、衣鉢を整え、奥州へ旅立つに当たり、自らにかした行脚の掟十か条。内の一つである。
ともすると飽食に走ってしまうお互いであるが、芭蕉さんが大切なことを私たちに教えてくれている気がする。
大師釈尊のお示し「少欲知足」。足りたる分は他に施す。慈悲に満ちたこの教えを芭蕉さんは知っておられたのだろうか。
欲惜春
本会報の思い・「如愚如魯」の心をご寄稿下さいました廣済禅寺の村上住職に、そして贅語の欄をお寄せ下さいました地元凉泉禅寺の武内住職に厚くお礼申し上げます。(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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