海を渡る蝶 顧問 竹林 史博(山口県 龍昌寺 住職)
山国の蝶を荒しと思はずや 虚子(「六百句」)
生命力に溢れた名句である。山や谷を飛ぶ蝶の姿が眼に浮かぶ。
先日、ある会の講師に呼ばれた。講師は二人。もう一人は「バカの壁」の著者養老孟司先生である。控室が同じであったので、昆虫好きの先生に日頃の疑問をお尋ねしてみた。
それは毎年晩秋に拙寺の萩の庭にやってくるアサギマダラのことである。揚羽ほどのこの美しい蝶は冬には沖縄辺まで南下するというのだが、あのか細い羽では、にわかには信じ難い。
しかし、先生のお話では沖縄でマーキングした蝶が関東で発見されているそうで、これはもう疑いようのない事実であるらしい。
さて、そうすると蝶の寿命は一年だから、萩の庭に来る蝶はみな初旅のはずである。それにのに、どうして毎年迷わずに二千キロを旅して到達できるのか?―――さすがにこの点については、専門家の間でも未解決とのお話であった。
ところが、この謎に解答を与えた数学者がいる。仏教にも造詣の深かった岡潔博士である。博士はオットセイが数千キロを旅して毎年北の小島に戻ってくることについて「すぐれた禅僧はこういうでしょう。
北の小島でひと夏を真剣に生きたのだから、そこは心のふるさとだ。だから無心に泳げばそこへ行く。これは大自然の無差別智の働きで、智力にとって遠近は問題ではない。昆虫の本能も同じ働きだ」と喝破された。恐るべき数学者の直感力である。今年もまた蝶の季節となった。
贅語 倉島 昌行(四天王寺 住職)
昼なお暗き観音堂を障子とシーツで仕切っただけの、寮という名にふさわしい大本山永平寺東京別院学生寮で会った竹林師はその頃から吟行し、三十代で現代日本の俳人全集に一巻をものされている。
塔世歌壇 会員 小林 伸一(津市)
焼け跡の夾竹桃と蝉しぐれ
かの年億う八月の来ぬ
欲惜春
書中お見舞い申し上げます。会報第十一号です。遠く山口県から快くご寄稿下さいました龍昌寺の竹林住職に厚くお礼申上げます。(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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