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月に思う 顧問 家古谷 光現(広島県・長福寺 住職)
1969年7月20日。アポロ11号から離れた月着陸船イーグルより、アームストロング船長が月面に初めて降り立ち「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な躍進だ」と言ったと言う。そんな時、日本では劇作家の寺山修司氏が「月にウサギがいなかったのは事実だ。しかし、永年日本人が月にウサギがいると信じてきたのはなぜか? この事が大切なのだ」と。事実と真実とは違うと言っていたのを思い出す。
我々現代人は科学の眼で事実を視る力は養われたが、真実を観る力が薄れてきたように思われる。大自然を道得されたお釈迦さま。而今の山水は古仏の道現なりとお示し下さる道元禅師。古来より日本人は大自然の気配を観るのに勝れた感性を持っていた。私は村の古老に、野菜など作物に対する肥料の施し時を訪ねた時「作物の顔色を見ることだ」と教えられたのを思い出した。月にわが身を映し、大自然の真実を観る力を養いたいと思う。
贅語 倉島 昌行(四天王寺 住職)
父と母へ 坂村 真民
救世の悲願に生きたまう人
その人を思うて
わたしも生きていく
その人を思うて寝ていると
海のようなものが
胸にひろがってくる
心配しなくてもいいという声が
その果てからひびいてくる
塔世歌壇 会員 小林 伸一(津市)
すでにして
浄土に春は立つらむか
睦月半ばに墓に草生う
欲惜春
会報第七号です。快くご寄稿下さいました広島県・長福寺の家古谷住職に厚くお礼申し上げます。ご住職より原稿に添えて次のようなお言葉を頂きましたのでご紹介致します。「正法眼蔵都機の巻でも『仏祖仏子かならず心月あり』と自己の正体としての月を示されています。誰が観るのか。私以外の誰でもない私が観るのです。『如何とも観よ』自由です。この生死・身心を
運為しているのは誰か? 深く自己を観る好時節です。」と。
また津市の小林さんからは短歌をお寄せ頂きました。感謝。(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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