心身一如 顧問 日比優道(滋賀県土山町 白亳寺住職)
最近、心身の健康願望ゆえに、何かと健康管理に関する話題が多いと思う。たとえば、成人病検診や健康補助食品がそれであるが、中にはまがい物の民間療法も横行している。
生涯を通じて悩まされるのが病気である。老いも健康であれば何とかやっていける。若くて金があっても病弱では困る。でも思うようにならないのが現実だ。
「病は気から」と言われるように、人は心の状態に左右される。現代医学は以前とは比較にならないほど進歩を遂げているが、逆に心の悩みは増えつづけ、壮年層は飽食で身体を壊し、青少年は夢がなく、犯罪は陰湿化、知能化、凶暴化し若年化の傾向が毎日報道されている。
毎朝、仏壇に向かって線香を真っ直ぐに立てて姿勢を正す。その行いが実行され続けられることで、心が真っ直ぐになる。大本山永平寺、今年百四歳の宮崎禅師様の尊いお示しである。
人間の肉体(身)と精神(心)は不二一体、身と心は決して二元的なものでなく、一つのものの両面、表裏である。
健康の守り本尊であるお薬師さん、比叡山のご本尊も然り、四天王寺のお薬師さん然り、このお薬師さんに自分の心を投げ入れて、お薬師さんと表裏一体になれたら、そのご利益を頂き、自信を持って生きられるのではないかと思う。
贅語 (四天王寺住職 倉島 昌行)
厳しい寒さの中で本格的な摂心には一歩踏み切れず、定例の坐禅会に一しゅ加えて報恩を行としている。師の半芸にも及ばす、今年も「これより摂心」の声を耳にする。
欲惜春
会報第五号をお届けいたします。滋賀県・土山町の白亳寺の日比住職にご寄稿頂きました。多謝。
西国薬師四十九霊場を巡っています。過日城崎・温泉寺を訪れたとき、薬師堂の障子に「一隅より一隅を照らすことならば、私たちの微力(ちから)でも可能ではないだろうか」とありました。台風と地震の被災地のテレビを見ながら、この言葉を思い起こしています。
寒さに向かう折、ご自愛の程。(河)
▼如愚如魯(にょぐにょろ)とは…
潜行密用 如愚如魯
(せんこうみつよう ぐのごとくろのごとし)
人間の価値は、他人の見ていないところでの行動で決まるという言葉です。
真に自己を見つめて生きている人は、他人の評価を気にしない。だが最近では、そのような人はほとんどいなく人の目ばかり気にして行動し、裏では何をしているか解らない人が多くなっています。しかし他人が見ていない所での行いにこそ、人間の真価は問われているのではないでしょうか?
ささやかな仕事、目立たぬ仕事にベストを尽くし、利益や名前・肩書きの為でなく、人間としてなすべき事を行動として現してほしいものです。
「潜行密用」 潜に目立たぬように行うこと
「如愚如魯」 愚者のように振る舞うこと
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